
3月22日、「金子文子 何が私をこうさせたか」「第七官界彷徨―尾崎翠を探して―」の上映後、浜野佐知監督の舞台挨拶、その後、2階でトークイベント(追悼・吉行和子さんを兼ねて)が開かれました。まとめてレポートします。脚本の山﨑邦紀さんが同席されました。
「第七官界彷徨」(1998)は、私が初めて作った一般映画です。それまで300本のピンク映画を作って来たのに、96年の東京国際映画祭のカネボウ国際女性映画週間では「日本の女性監督は田中絹代さんの6本が最高本数」と言われ、完全に無視されたことがきっかけです。同じように文壇から消えて忘れられている作家・尾崎翠にスポットを当てたいと思いました。彼女が執筆を辞めた後も1971年まで生きて元気だったのです。戦争を支持して執筆活動をし、戦後も書き続けた林芙美子などとは違う思いがあったでしょう。ところが、尾崎翠の作品集を編纂した稲垣眞美氏は彼女が不幸のうちに死んだと決めつけていました。そして翠の遺族に取り入って作品を独占し、映画化権も許可しないと。文化庁の支援申請がほぼ決まりかけていたのに、正式契約していないと妨害してきました。私たちは遺族に約束を取り付け脚本が完成してから正式契約をしようと思っていたのです。結局、親族で銀行の方が、私たちの契約内容と、稲垣氏の契約書を読み比べ、私たちと契約してくれたのです。文化庁申請期限の20分前にFAXを送ることが出来ました。
白石加代子さんの翠、吉行和子さんの文子、この二人の友情は亡くなるまで続きました。これもシスターフッドの作品です。
最後の鳥取砂丘の空撮は今と違ってヘリコプターで撮影だったので大変お金がかかりました。最後に吉行和子さんがカンパをしてくれ乗り切ることが出来ました。吉行さんは私の現場の正直さが他と違うと信頼して下さったのです。依頼、6作品全部に出てくださいました。
「百合祭」(2001)は、吉行さんはじめ、白川和子さん、正司歌江さん、原知佐子さん、中原早苗さん、大方緋紗子さんが、ミッキー・カーチスさんを取り合うという話ですが、どこもババアのセックスなんか誰がみたいと取り合ってくれませんでした。全国の女性たちの応援で作りました。
原作のラストは異性愛として完結しますが、少しミソジニーでもあるので、浜野組に似合わない(山﨑さん)として改変しました。「私たちがきのうどんないやらしいことをしたか…」というセリフが評判になり、のちにレインボーパレードでゲイ・カップルから自分たちの間では流行語になっているよと監督に声かけられたくらいです。外国の映画祭でも好評で、老人の性愛をテーマにした映画が待たれていたこと、ひいてはマイノリティの人たちにも喜ばれたことが嬉しかったです。
「金子文子」は、朴烈とセットで語られる文子ではなく、判決後、別の獄に入ってからの文子の成長、朴烈を思想的にも乗り越えた自立した女性として描きました。その間に接した人たちとのシスターフッドも描きたかったのです。そして万年筆を渡すのは未来へのバトンとしました。自分の頭で考え、自分の足で立つ、生き切った女性としての文子は、底の抜けた今のこの国に投げる爆弾です。100年後を見ていた文子。みんなの心に文子が届けばこんなうれしいことはありません。吉行さんは体調の悪い中、あの長いセリフをカット割りなしで演じ切ってくれました。文子の祖母という出番の少ない役ですが、彼女の場面だけで幼少期の文子がどれほど苛酷な状況におかれていたかはっきりわかる演技でした。脚本段階から協力してくれた吉行さんに完成したDVDを見てもらうことが出来、褒めてくださって本当に良かったです。
~~
浜野節さく裂のトークに、山﨑さんがちょっと事実と違うと訂正を入れる、和気あいあいのひと時でした。浜野佐知著「女になれない職業」(ころから)には「雪子さんの足音」までの詳しいお話が、そして3月末に発売の「国家に喧嘩を売る女 金子文子」(皓星社)では最新作のことが書かれています。併せてお読みください。


















