
『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』3/9(日)に1日限定上映とアフタートーク【モノの「保存/解体」と、そのあいだで「残ったもの」を考える】 を開催しました!今回は建築家の片田友樹さんの企画で開催された上映。アフタートークには社会心理学者の高森順子さんと青山真也監督が登壇。神戸に移り住んで3年の片田さん。神戸にやってきて”二項対立”でものごとが語られる場面に多く遭遇してきたそうで、今回この作品でお二人と話すということを企画されたと説明されました。建築家として「建物はいつかなくなってしまう」という感覚を持っていると片田さん。映画は東京オリンピック開催のために立ち退きを迫られる都営霞ヶ丘アパートの住人を追ったドキュメンタリー。青山監督は映像として捉える時に、捉えたかったのは全体像だとお話しされました「どういう人たちが住んでいて、どういうコミュニティで、どういう問題があるのか、多くの人に取材したいと思って進めた」と説明。撮影している時の立ち位置としては「生活を撮らせてもらう」「下手に干渉しない」ということ、唯一能動的に働きかけたこととして「写真展」のシーンだと挙げられました。高森さんからの「被写体がこんなにカメラを意識しないというのはおかしいのではないか。緊張関係があるとこうは無理。(監督が)いないかのように振る舞える信頼関係があったのでは」という指摘に対しては青山監督から「撮影と編集で自分がいないかのように”演出”している」という返答が。「青山さんの存在を見せない形に、彼ら(被写体)が加担している。それが痛快だった」と高森さん。映画を作っている時の被写体との関係性について青山監督は「一緒に映画作ってる感覚になったりもする。そっちはどう思っているかわからないけど。でもそれって怖い。そこには暴力性があるなと思っていて」と発言。見え方は撮影や編集の取り方ひとつで変えれてしまうし、今回の作品においてはこの作品に『東京オリンピック』とタイトルを付けてしまうことすら暴力的なのではないかというお話もありました。阪神淡路大震災の発生した年から行われてきた手記を集める活動を引き継ぎ、今も続けている高森さん。今回の「30年目の手記」で胸を打たれたという玉置さんの手記を紹介されました。手記に書かれている言葉と、実際玉置さんへの取材のときに口から出た言葉が真逆だったそうです。「話し言葉と書き言葉のどちらかが本当でどちらかが嘘というわけではなく、日によって、話す相手との信頼関係、いろんな要素によって揺れるし、両立することなのではないか」と高森さん。本作についてのある種「暴力的」であるという青山監督本人の発言に対しても「そういう風に思ってもいいし、この映像が強度を持った表現であることには変わりはないんじゃないか」とお話しされました。
阪神・淡路大震災から「30年目の手記」
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