
『ラジオ下神白 ―あのとき あのまちの音楽から いまここへ』8/31(土)の上映後に、小森はるかさん、アサダワタルさんの舞台挨拶を開催しました。
本作は、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故で避難してきた方々が住まう福島県いわき市の復興公営住宅・下神白団地において、まちの思い出と当時の馴染み深い曲についてラジオ番組風CDとして届けてきたプロジェクト「ラジオ下神白」の文化的被災地支援活動を追ったドキュメンタリー映画です。
小森監督は以前より、岩手県陸前高田市においても震災後の記録映画を制作されてきました。これまでの撮影との違いについて「私とカメラを向ける相手との関係性は撮影の中でできていくもので、そこに時間の積み重ねが現れてくると信じてきました。でもラジオ下神白チームと住民さんとの付き合いを見て、ドキュメントする方が私のことを知らなくても同じように誠実に時間の積み重ねを写すことができると分かった。一対一ではなくて、複数の関係性があることで記録されていくものがあります」と、ドキュメント制作に対する感情の変化を明かされました。
プロジェクトの在り方についてアサダさんは「住民さんの高齢化と技術的な問題で、インターネットや電波上での配信は難しかった。そこで現物(CD)を持って家に訪問することになりましたが、それが直接会うことの口実になりました。そうやって少しずつ顔が見える関係ができてくると、また今度その方に話を聞こうとなったりする。CDに焼いて渡すということは鍵になると思いました」と、ラジオ番組をアナログ媒体として配布する意義に言及されました。
映画後半で登場するのは、住民さんの思い出の曲を演奏する「伴奏型支援バンド」。その成り立ちは「『福島の住民さんに直接会って話したい、支援したい』という声を聞いて、音楽的支援活動のメンバーを公募したところ、さまざまな背景を持ったミュージシャンらが集まって結成しました。バンドのコンセプトは“会いに行く”ということ。支援とクリエイティブが混ざった、伴走/伴奏型支援なんです」と、アサダさん。歌声喫茶やミュージックビデオ制作など、多岐にわたる活動をご紹介されました。
最後に小森監督は「話し手の住民さんはもちろん、聴き手のラジオ下神白チームもどちらもすごくいい顔をしていました。支援する側も癒されている。プロジェクトに関わる人たち全員にとって心の回復となり、そこには双方向のケアがあります。これは自己満足でなく自然に発生したものです」と、現場のあたたかな雰囲気を共有されました。
支援する/されるという枠組みを軽やかに超越したラジオ下神白チームと住民さんたちとの間には、円熟の連帯が確かに存在していました。映画を見る私たちもスクリーンを介して、彼らによるケアの結束に同座できるでしょうか。
小森はるか監督インタビューは公式noteに掲載しています。
https://note.com/motoeihighschool/n/na84d458202dd
















