
2月1日、「野田真吉特集 ゆきは はなである」【Program B】上映後にトークイベントを開催しました。講師は大阪公立大学国際基幹教育機構特任講師の大谷晋平さんです。
題して「野田真吉とアヴァンギャルド:人であることのリアリティを捉える試み」。
日本の終戦から1960年代前半は、映画が思想に結びついた時代でした。主に戦争中に学生だった人たちが、それを問題意識として〈人の物語を表す映画から感覚の断片を表す映画に〉ということで、従来のイデオロギーに寄って物事を見ていく映画から自由になろうという流れが出てきました。中心は松本俊夫です。
野田真吉は戦前プロレタリア芸術運動に参加、戦後 東宝に復帰、日本共産党に入党、1949年の東宝争議の後退社という経緯をたどります。
1960年代までのアヴァンギャルド運動は多くの芸術家が〇〇の会というのを作り、離合集散しながら、いろんなジャンルの人が横断的に参加しています。
野田は1953年の記録教育映画製作協議会結成に参加(→60年、名前変更 記録映画作家協会)。考えながら製作活動したいと思っていました。ハリウッド映画の真ん中の人物が中心というような無意識の固定観念の排除、まずあるものをそのまま見る即物的表現と向き合おうとします。今日上映した「忘れられた土地」で、貧しい人たちが白米を食べるのはおかしいと谷川義雄に批判されますが、実際に彼らは白い飯を食べていたのです。またラストに希望がないとも言われ(働く者の未来は明るくならねばならないという左翼プロパガンダ)ますが、現実はそうだと反論しました。これは松本俊夫の前衛記録映画論の野田流実践と言えるでしょう。
そして、ものと意味を分けて考える、例えば椅子は座るものという固定観念でなく、座らなくてもいいし、りんごは食べるものでなくてよいと考えるわけです。言語の代用物ではなく、映画の固有性が現れるような運動を目指します。いわゆるモンタージュも思考過程を表現するためのモンタージュを考えます。
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なかなか刺戟的なお話でした。現在、ドキュメンタリー映画は多様なスタイルを生んでいますが、こうした歴史の流れがあったことを知り、勉強になりました。














