
映画監督の池谷薫さんが、自作を題材にドキュメンタリー映画の“裏側”を徹底解説する「池谷薫ドキュメンタリー塾」。第3回は「カメラをもった 見えてきたのは自分だった」と題し、池谷さんが立教大学現代心理学部映像身体学科で指導していた赤﨑正和さんの卒業制作作品をプロデュースしたセルフドキュメンタリー映画『ちづる』(2011)を取り上げました。
「宝石箱をひっくり返したような、僕が嫉妬する映画」と評した池谷さん。赤﨑さんが撮った素材を見て、「自閉症のお子さんを育てている母、久美さんの不安や、娘、ちいちゃん(ちづるさん)の日々の営みと輝きがみえる。この映画を待っている人がいる」と実感し、公開できる作品になる手応えを得ていたといいます。
今は都内の知的障害者施設で働いている赤﨑さんですが、当時は知的障害のある妹のことを誰にも話せずにいたそうで、撮る側の覚悟がいるセルフドキュメンタリーですが、赤﨑さん自身のセラピーになっていたと指摘。本作では解説者、探求者、普通の母、ひとりの人間としてと、様々な役割をもって登場する母、久美さんと、実は女優になるのが夢で、度々カメラ目線を送り、唯一無二の存在感をみせるちづるさんの魅力についてお話いただきました。
本作におけるメタファーとして、愛犬のバナナがちづるさんの気持ちを映し出すメタファーとすれば、もう一つのメタファーはちづるさんが集めている百円玉で、こちらは自動販売機で飲み物を買うという日常のメタファーになっていると池谷さん。メタファーを探すのは映画をさらに楽しむポイントになると付け加えました。
さらに映画の構造として、79分の作品の前半は意図的に先がわからないように作り、33分の時点ではじめてちづるさんと久美さんが激しい喧嘩をするシーンを挿入することで、映画の本当の主題を提示したと解説。ここでは赤﨑さんが手持ちカメラで撮っていたため、母娘ケンカの途中でちづるさんがカメラ奥の赤﨑さんに声をかけ、このカメラが家族(兄)による撮影であることを観客も思い出し、普遍的な家族の温かさが感じられます。一方、赤﨑さんと久美さんが就職のこと、ちづるさんのこれからのことで言い合うシーンでは、固定カメラで撮影しているため、まさに機械の目で冷徹に状況を切り取っていきます。また、ケンカをする中で矛盾した人間の感情が見えることにも言及。撮影方法による効果の違いや、登場人物たちの視線にフォーカスすることで映画の観かたが深まることも教えていただきました。
当初学内での上映だけと思っていた久美さんは、劇場公開される際、「映画の中の私は作品の中の登場人物。自分と切り離していい。どんな形でも自閉症について考えてもらえるのならいいのではないか」とメッセージを寄せてくれたといいます。講義で紹介された映像クリップのどのシーンも、家族の日常とその中でのお互いのぶつかり合い、それも受け止めて生きていく姿が、自分たちの日常と地続きのように感じられます。赤﨑さんに「時間がかかってもいいから、ぜひ『ちづる2』を撮ってほしい」とエールを送って締めくくった第3回。次の第4回では、昨年10月に89歳で逝去された主人公、佐藤直志さんに追悼の意を込め、「信念のある生き方を目に焼き付けてほしい」という『先祖になる』を題材に開催します。
お申し込みはコチラ
https://www.stream-ticket.com/events/detail/1298.html















