
『狂い咲きサンダーロード』8月31日(日)の上映後に、石井岳龍監督の舞台挨拶を開催しました。
1980年、監督が23歳のときに制作された本作は、近未来の幻の街「サンダーロード」を舞台に、暴走族たちの抗争と挫折、そして破滅へと突き進む姿を描いた作品。40年以上を経てもなお圧倒的な熱量と独自の映像世界で観客を魅了し続けています。
泉谷しげる氏による主題歌「電光石火に銀の靴」が流れるなか、観客の熱狂と大きな拍手に迎えられて登壇した石井監督。神戸は、石井監督が神戸芸術工科大学の教授を務められていた時期に第二の拠点とされていた縁深い場所であることが冒頭で紹介されました。監督は、「各劇場で観客層の違いはあるけれど、どの会場も本当に熱気がすごい」と語り、今回のリバイバル上映の盛り上がりに驚かれている様子でした。
本作はサブスクリプション配信やテレビ放映を一切行っていない作品であり、そこには「『狂い咲きサンダーロード』は劇場で観てほしい」という石井監督の願いが窺えました。監督は映画館という空間の特別さについて「世代やジェンダー、職業を超えて他者と作品や時間を共有できる場所でありながら、自分だけのシェルター・自分だけの祈りの場でもある」と語り、「映画館でしか味わえない高揚感や震えがある。そのために映画をつくっているのだから」と真摯な思いを述べられました。
制作経緯については、「学生の頃は常に映画のことしか考えていなかった。映画は『動くもの』で、なにかが移動することが人の心の動きを表したりもする。そんなふうに映画を通して世界や人間を考えていたある時、街中を走る暴走族に遭遇して、まるで火山の噴火を目撃したように本能をくすぐられた」と語り、社会的には悪とされる存在でありながらも、自分の中では「とてつもないものを見た」という感覚があったといいます。その衝撃に負けないような映画表現がしたいという発想が制作の原点となったとのことでした。さらに、当時強く影響を受けていたパンクロックや音楽への想い、スピード感やリズムに心を奪われる感覚を、映画に落とし込むことを目指したと語られました。
石井監督は自身のものの見方について、「自分を熱くさせるものに対して、我を忘れて熱狂するタイプだけれど、同時に非常に冷めている自分も存在する」と語ります。そのうえで、「懸命に取り組む人の姿はどこか滑稽に見えるが、それが人間の愛おしさでもある。でも自分は熱狂すればするほど哀しくなる。真剣であればあるほど、どこか冷めていないと格好つかないというか、むしろ少し距離を置いて振る舞う方が自分らしい」と語り、そうした姿勢が表現の基本になっていることを明かしました。
本作『狂い咲きサンダーロード』は、タイトルから放たれるエネルギーが際立っていて、忘れがたい響きがあります。『サンダーロード』の名は、当時デビューしたばかりのロックシンガー、ブルース・スプリングスティーンの楽曲から取られたものです。監督は「この『サンダーロード』に『狂い咲き』を組み合わせることを思いついたときに『この映画できたぞ!』と確信し、ハイになっていました」と、閃きの瞬間を振り返られました。
本作は「暴力だ!ロックだ!」と突き抜けていながらも、実のところ我々観客の孤独に寄り添う静謐な優しさを内包した作品だとも強く思います。石井監督は「映画をつくることで、まず自分自身の心を救いたい。それは同時に観客の心にも寄り添うこと」と語られました。その思いの背景には、「ひとの心の中にあるわだかまりを吹き飛ばし、純化し、濾過するような行為として映画をつくってきた」という実感があるといいます。加えて、「言葉に対する不信感が常にあった。自分の気持ちを正確な言葉にできないのではないか、ある言葉を発しても感情のすべては伝わらず、こぼれ落ちてしまうのではないかという思いは、詩や音楽、絵など様々な表現を試みても満たされず、極めて孤独な状態にあった」といいます。その延長線上に本作のような過激ともいえる映画づくりがあったものの、「根本的な解決にはなっていない」と語り、現在は「もっと深い孤独がいくつも眠っている。だからこそ、それを掘り下げ、楽しく面白く表現していく新たな方法を見つけたい」と、新しい創作への意欲を示されました。
スクリーンからあふれるエネルギーと観客の熱狂が響き合う本作は、まさにロックンロール・ウルトラバイオレンス・ダイナマイト・ヘビーメタル・スーパームービー!
あなたのための映画です。
絶対に観るしかないじゃねぇよ!!
